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今宵の日本酒(茨城県結城市)

先日、結城の街を歩いてきました。
今宵はその時持ち帰ったお酒で晩酌、
結城の情景が味わいに映ります。

結城酒造さん、この蔵の歴史をたどるととても面白い。
近江商人であった近江屋 久右衛門(きゅうえもん)が、
この地に婿養子にだされた徳川家康の次男徳川秀康の命により
酒造業を始めたのがはじまりで、ご当代で37代目です。

下り酒の名残に、この結城の街でも出会えました。

20140630結城2

こちらは武勇さん、幕末の創業です。
かつて呑んでいたのですが、蔵に伺いぐっと距離が縮まりました。
銘に違わぬ辛口の勇ましい酒質です。

20140630結城3

出会った肴はこちら、
金山寺味噌になすが漬かっています、とってもお酒にあう。

地元の干瓢問屋さんでおそわった蕎麦屋で名物そばを頂きましたが、それも茄子けんちんのつけそば。
このあたりは茄子がご馳走なのかな。

茨城県ではありますが、食文化は栃木とも群馬とも近いもののように感じました。

20140629結城1

お酒や農産物を買いこみ
帰りは奮発してグリーン車の2階席でリラックス。

20140629結城2

結城紬には目もくれずの色気なしでした笑。

*Comment

NoTitle 

土曜会お疲れ様でした、急にアワビ当番が回ってきたり、出汁を決めろとかお役が回ってきたり、卑しく食べるのにも忙しくご挨拶もできず残念でした。

下り酒、剣菱は将軍御用達だったようですね。醤油は地回りの銚子や野田のものが下り物に勝てたようですが酒はずっと灘中心の下り物の天下だったようですね。江戸後期文化のころには年間100万樽の下り酒が江戸に来ていたようです。
ちなみに地回り酒は江戸末期でも10万樽程度だったようです、家の近くの豊島屋さんも江戸中期から造っていたようです。江戸人口100万人とすると一人年間50升近く飲んでいた計算になります。家は二人で80升くらいなので少し負けています。(笑 (ワイン、ビール、スピリッツは入れていません)

  • posted by 庄助 
  • URL 
  • 2014.07/08 07:38分 
  • [Edit]

Re: NoTitle 

庄助さん

コメントありがとうございます!
すいません、ゆうべはダウンしておりました。

すっかり庄助さん頼みでしたね、
あの水貝のお味を決めるなんて
お任できるのは庄助さんしかおらればかったと思います。
お陰様で美味しい水貝をいただけました。
ありがとうございました!

剣菱あらためて呑んでみたいと思っております。
置いているお店を探してみるのもおもしろそうです。

>家の近くの豊島屋さん
これがうらやましいんです。
何といっても地の酒ですもの地元で呑めるなんてです。
  • posted by かむ 
  • URL 
  • 2014.07/09 08:27分 
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